“50代の落書き”「フィフティズ・グラフィティ」のコンセプト

カテゴリー「シトロエン2CV」の12件の記事

2010年1月 7日 (木)

ミニカーちょっとだけ その4 VITESSE「CITROEN 2CV SILVER GRAY 1948」

100107_2cv5プロトタイプに続いて、1948年の最初期型シトロエン2CVです。これは実は2台持っていて、今回は自分で買った方(とおもいましたが・・・)の、キャンバストップ「閉」バージョンをご紹介。どうです?Oh、シャンゼリゼ~な感じがしますかね?

 
 

この「VITESSE」の2CVも、なかなか良く出来ていて、好きなミニカーです。基本的に初期型のリヤクオーターパネルにガラスがないタイプが多いようですが、手持ちの1998年版のカタログには1987年型チャールストンが載ってますので、探せば新旧あるようですね。

100107_2cv4 例によって正面視は、とてもクルマとは思えない風情です。セミっぽく感じるのは自分だけでしょうか?
この最初期型は、1948年ですから昭和23年発表で、当時のフランス人にとっても相当の衝撃(良くも悪くも)をもって迎えられた問題作であったそうです。モーターショーで大統領が絶句したとか、伝説がありますね。

 
 
  
 
 

100107_2cv3 とはいえ、2CV大好き派としては、この初期型も大変魅力的。唯我独尊なデザインと各部の機構のユニークさは、かつて所有していた最終型をはるかにしのぐものがありますね。生まれながらに、ある種の「オブジェ性」を持っているようです。


  

 

100107_2cv1 VITESSEでは定番(?)の、ミラー付の正方形ケースに収まってまして、手前の紙は限定2500台中の2410番目だよ、というような事が描いてあります。なかなか味のあるこの2CV、お気に入りの1台ではありますね。


 
  
 
 
  

これもいつ頃入手したのかまったく覚えていないのですが。DM59.00とありますから、当時のレートでは4000円前後でしょうか?いつどこで買ったんだったかなぁ・・・

2010年1月 5日 (火)

ミニカーちょっとだけ その3 NOREV「CITROEN 2CV PROTOTYPE 1939」 

1001052cv1これな~んだ?とても自動車には見えないですが、あのシトロエン2CVの有名な試作車ですね。NOREVの1/43です。頂き物と記憶しております。

 
 
 

「こうもり傘に4つの車輪をつけたもの」が初期コンセプトだったそうで、「4人の大人と50kgの荷物を積んで、時速50kmで走る事、積荷の卵が悪路でも割れない事、トップハットをかぶったまま乗れる事」、などなど、大変ユニークかつ当時の技術からしたらなかなかの難題が目標に掲げられていたそうです。

 

1001052cv5 戦前から多くの試作車が作られたそうですが、大戦中にほとんど失われたそうです。この有名なクルマは、確か現存しているとおもいます。特にサイドビューはかなり生産型に近いイメージをしておりますね。

 
 

1001052cv2 とはいえ、ヘッドランプが1個しかないというのはかなり凄い割り切り。トタン板のようなフードパネルも凄いです。要求性能と機能を最低限のコストで成立させるための、技術者の執念が伝わってきます。

 
 
  

1001052cv4 現代では、ここまで徹底した技術志向の商品は難しいでしょうが、もともとは一人でも多くの人にクルマに乗って欲しい!という、モータリゼーション黎明期ならではのピュアなコンセプトですのでね。その心意気には大いに感じるものがあります。

 
 

 

1001052cv3 さすがに実物は見たことありませんが、ちょっと荒めの塗装など、本物らしさをかもし出していて素敵です。きれいな化粧箱入りで、クルマの詳しいヒストリーもついています。

 
 
 
  
  
  
 

2CVも大小いろいろあります。珍しいものはありませんが、何となく、集まっちゃいました。

2009年11月 7日 (土)

追憶のシトロエン2CV   その9  インパネまわりの珍装備

091107_2cv1_2 2CVのインパネまわり(と呼べるかどうかはとても微妙ですが・・・)についても、使いやすくするという名目で、あれやらこれやら、怪しげなモディファイをしましたがね、もともとのユニークさを超える事は出来ませんでしたね。

 
 
 

ハンドルがNARDIのウッドリム&ポリッシュスポークという、個人的に大好物が最初からついてきたので(前オーナーが付けたらしい)、例の黒プラの球でしかないシフトノブも、ハンドルに似た明るい色のウッドノブに交換しました。これ、触感も良かったし、お気に入りでした。例のシフトパターンのせいで、ビミョーにシフトストロークはのびましたがね。ステアリングも、見た目の中立が出ずに苦労しました。

  

メーターユニット自体は、スペシャル仕様はとても小型の盤面で、少々見づらいですが風情はありました。夜間照明が暗くて、夜はなんだか分かりませんでしたが・・・周辺のパネルとスイッチ類には照明がなかったので、夜間走行時は勘に頼って操作でしたね。その上側の、ダッシュボード的なプラスティックのカバーは、本来は黒だったのですがあまりに殺風景なので、車体色に近い色で自家塗りしました。写真でシフトノブの上に写っているノブを回すと、フロントウインドーの下のパネルが開いて空気が入るという原始的なベンチレーションシステムで、もちろんエアコンなどはハナッからありません。このリンクの調子も良くなく、ずいぶんいじって軽く作動するように調整しました。

  

さすがに音楽は聴きたかったので、最初はくっついてきた西部自動車アレンジのAM/FM/カセットステレオで我慢してましたが、程なく壊れたので近所のカー用品店で特売のCDとスピーカーを買ってきて交換しました。

  

アクセルペダルは、小さすぎて使いづらかったのでアルミ品をかぶせてあります。足元にヒーターの出口があるのですが、右足のみ温まって(夏は暑いだけ)、よろしくはありません。

 

ウインカーレバーはアキレス腱の一つで、自分も一度折ってしまいました。スイッチボックスの中身も非常に弱くて、時々修理や調整が必要になります。また、すぐにコラムへの取り付けがゆるんで、変な位置に動きます。普通の車では考えられないです。使いよい位置にすると、NARDIのスポークに隠れて見えないし・・・

 

そんなこんなで、2CVについては、基本的に壊れるものだ、壊れて当然だ、という意識を持たない事にはお付き合いが出来ません。分かっていても、突然およよ?となるとね、けっこう大変でしたけどね。何とか工夫して、たいていの場合、家まではたどり着くことができたので、それほど深刻な思い出になっていないのが救いですかね。

2009年9月27日 (日)

追憶のシトロエン2CV   その8  フードの中の思い出

0909272cv1

お金がなくて出来ることはみんな自分でいじった2CVですが、エンジンルーム内でも日々戦いは続きましたね。今こうして画像を見てみると、ずいぶん怪しい方法もふくめて、それなりにいろいろ工夫したんだなあとおもいます。

 

 

ざっと見て、まず目に付くのがエアクリーナーボックスの左右のガムテープですね。これは中央部がふたになっていて、まわしてロックするのが熱変形で締りが悪くなってハデなビビリ音がするわけです。最初はマフラーに穴が開いたかとおもいましたね。で色々やったのですが、これが一番確実でした。とほほ・・・

 

次に向かって左のダクトですが、これはエキパイの熱を利用したヒーターダクトで、外筒は紙(!!!)で出来ています。もちろん、それなりの耐熱処理はしてあるようですが、よく2CVは燃える!というのは、この筒が劣化して緩んで外れ、エキパイに直に当るのがひとつの原因のようです。交換してもすぐゆるむので、これもテープでワイヤー類に縛り付けたり、継ぎ目にアルミテープを巻いて補強したりといろいろやりました。

   

スカットルパネルの中央付近、2連のヒューズボックスの下の黒いカバーから出ている金属棒が「例の」シフトレバーです!トランスミッションから垂直に立ち上がった黒いロッドに、ものすごく簡単な(鉄板をひねって曲げただけの)継ぎ手で接続してあります。この継ぎ手のインシュレーターのゴムがこれまたすぐ弱って、シフトフィーリングがふにゃふにゃになったりひどいときは変速しなくなるので、ワッシャをかましたりチョット締めこんだりして調整するわけですよ。すると、テキメンにダイレクトな感覚に戻るわけです。これに限らず、ほんのチョットのことで調子が大きく変わるのが、この原始的な設計の面白いところでしたね。

  

画面一番下の、両側から赤いコードが接続されている黒い筒状がイグニッションコイルで、世にも珍しい「ドウジテンカ」(漢字では同時点火と書きます)式です!これが結構突然死するらしいと聞いていたので、中古を手に入れていつも積んでました。不調のときに疑って交換したことはあるのですが別のところのようで、結果的には最後まで持ちましたけどね。なにせ、10万キロ保障の部品なんて、一個も使われてませんのでね・・・

 

0909272cv2 そういえば、ヘッドランプの光軸調整機構をでっち上げたっけ。本来2CVは室内からヘッドライトの上下調整が出来るノブがついてるのですが(サスのバネがやわらかすぎて車体姿勢が積荷で大きく変化するため)、ディーラー車は車検のときに光軸が振動でぶれて安定しないという理由でキャンセルされて、ギヤボックスは残ってますがロッドが省かれています。こいつを無理やりアルミ棒でつないで、復活させました。画面をよく見ると、向かって右端の方をウオッシャタンクの下あたりに向かって金属のロッドが通っているのが見えるでしょ。

2枚目の計器盤(と言えるのか?)の下側にみえる、丸いノブがそれです。ノブはホームセンターで買ったアルミの家具用。

 
 

まだまだありますが、今日はこの辺で。それにしても、だれの何の役にもたちませんね、たぶん・・・まあ、この人生浪費感も、これはこれで諸行無常ということで。

2009年9月20日 (日)

追憶のシトロエン2CV   その7  相棒はいつも「ヘインズ」

090919h113年間ともに過ごした1989年型シトロエン2CVスペシャルですが、もちろんノートラブルであるわけもなく、かといって潤沢な修理代を捻出できるわけでもありません。ご多分にもれず、D(出来ることは)、I(いけるとこまで)、Y(やってみよう!)のDIY精神で、涙と笑いのカーライフをおくったわけです。そんなぼくらの心の支えと言えば、もちろん「ヘインズ」さ!

 
 
 
 
  
 
 

クルマ好き、特にヨーロッパの旧車好きのあいだでは、もう説明はいりませんよね。日本でも、クルマいじりの大好きな旧車乗りにはバイブルですが、ヨーロッパでは、旧車に限らず日常整備はオーナーがやるものと言う意識も強いようで、こういうマニュアル本は必携のようです。

 

090919h2 もちろん全篇「えいご」で書かれていますのでね、その方面の苦手な輩には敷居が高いのですが、そんなことは言ってられませんから辞書と首っ引きで翻訳しながら、少しずつ少しずつ理解したものでした。

 
 
 
 
 
 
 

090919h3 2CV版は、最終のポルトガル生産車分まで網羅してくれてますから、かなり助かりましたけど、同様に「アミ」や「ディアーヌ」までも取り込んでいたので、さすがに容量オーバーなのか、「か、肝心なところが・・・」と言う悲劇もけっこう経験させて頂きました。

 
 
 
 

0909192cv1 まあ、2CVと言うクルマは、よく「車にして車にあらず」と言われるように、通常のクルマとはかなりかけ離れた構造をしている部分が多いわけでして。したがって一般的な整備の知識ではたちうち出来ないこともままあるわけです。一方、一度理解してしまえばいたってシンプル、というか、クルマとオートバイの中間くらいの難易度ですので、DIYでまかなうにはけっこうよい素材なんですね。

 

 

   
  
  

そんなわけで、クルマを買ってすぐに手に入れたこのマニュアル、今ではあの日々の思い出の書、となっています。以前、MGミジェットに乗っていたときももちろんお世話になったのですが、こちらはクルマを友人に譲ったために、オマケで渡しちゃいましたので、残念ながら残っていません。人間は、つらいことや苦しいことは、忘れたりよい思い出に書き換える機能を持っているそうですが、確かに2CVやミジェットについても、相当困らせられた割には良い印象のほうが強く残っています。今、この本を開くと、当時のチョット痛い思い出が、プチ玉手箱のようによみがえってきて、少しですが確実に、自分史のすきまを埋めてくれます。

2009年8月 2日 (日)

追憶のシトロエン2CV   その6  そして長く短い日々が

0908022cv2さすがに50にもなるとね、そう簡単に「因縁」だの「運命の出会い」なんて信じなくなってますがね。まだ30代前半のころでしたから、けっこうピピっと来たような気になりましたね。

  
  
  
   
  

いろいろ聞いてみると、そのお店は今はなきユーノス系の中古車屋さんで、たしかシトロエンBXかなにか(注:ユーノスは当時シトロエンを扱っていた)の下取りに入ったのだったとおもいます。ただ、2CVのような旧車は取り扱い外なので、早めに処分するため安目のプライスをつけたそう。色をアイボリーと書いたのも、正式名がわからず、「黄ばんだ白」(に見えたようです・・・)なので、とりあえずそうしといた、とのことでした。

  

で、とりあえず89年型(ポルトガル生産)ということで、ほぼ最終型だし程度も走行距離も文句なし。試乗もさせてもらいました。ここでついに初めて、2CVのハンドルを握ることになりました。まずドアノブがロック状態だと空回り・・・座ろうとすると、おっと、ハンモックシートは外周がパイプで硬いんだ!お、ハンドルはなぜか「NARDI」のウッドがついている!ドア窓はこんな小さなツメで固定するんだ!などと早くも不思議の世界に翻弄されつつ乗り込みました。例のシフトパターンが不安でしたが、確かにシフターの軸はインパネから水平に出ている独特な構造であるものの、シフトノブの動きだけを見ると通常のマニュアルシフトとほとんど変わらないということさえ頭に入れば、特にむずかしいこともなく意外とすんなり走り出すことができました。

   

非力だが元気に回りたがるエンジン、確かにロールは大きいが、意外としっかりした足回りなど、あの日読んだ大川さんの記事を思い出しながら、確認しながらの短い試乗でした。同乗してくれた店のご主人が「なんかぼわーんとした乗り心地でしょう」と言うのを、「それが味なんですよ」などと、えらそうに受け答えしてしまったのをなんとなくおぼえています。そしてキーを返す時には、もう心は決まっていたというわけで。

 
    

こうして1992年4月、奥さんの非難にもかかわらず「豪華で快適な」ギャランの代わりに、「黄色いブリキの犬小屋」が我が家にやってきたのでした。そして2005年12月、アウトランダーと交代するまで、長くて短い13年半、苦楽をともにすごしたわけです。

 
   

その間、「出来事」目線でもまあいろいろありはしましたが、こういうクルマにとってはよくある話でしょうから書いてもキットつまらない。そこで、「現代の道路をフツーに走るための ノウハウ集」みたいな感じで、シロウトいじりDIYのあれこれを思い出して書いていこうかとおもいます。まあ、犬小屋ですからね、クルマの常識は通用しないので、ほとんど誰のなんの役にもたたないとおもいますが、落書き御免のブログですのでご容赦を・・・

追憶のシトロエン2CV   その5  クリームイエロー捜索願

0908022cv1さて紆余曲折あって、ようやく2CV買ってもいいわよというところまではこぎつけたのですが、「クリームイエロー」のが欲しい!と決めてしまうと、簡単には見つからないことがわかってきましたさあ大変!

  
  
 
  
  

シトロエン2CVを「ちょっと」知ってるよ、という人にとって、浮かんでくるイメージはほとんど「チャールストン」仕様の、とくに黒/マルーンの2トーンではないかとおもいます。知人でも所有してた人がいましたもの。

ところが単色の、しかもクリームイエローとなると急に輸入数自体が少なくなって、さらに都合よく売りに出ているなんていうと、かなり天文学的にレアな事態になっていくわけです。

当時(91年ごろ)まだネットはありませんので、中古車雑誌を頼りにお店回りか、カーマガジンなどの売りたし欄のチェックが関の山でした。でも、2CVなんていうマイナーなクルマ自体、ほとんど情報はありません。こちらの線はすぐに八方ふさがりとおもいました。

友人の元2CVオーナーに教えてもらい、名○屋では指折りの老舗シトロエン正規取り扱い輸入車屋さんの中古部門を扱っていた方のところにも相談に行きましたが、すでに「2CV探してオーダー」が相当入っていて、すぐには対応できないし、やはりクリームイエローは玉数自体が少なく(台数忘れましたが、たしか西部自動車系の資料で調べてくれました)、かなり探すのが困難とのことで、ディーラー直接の線もあえなく消えました。また2CVは全体に中古車相場が堅調で、ちょっと予算オーバーなのも問題でした。

 

そんなある日、たしかGOOかなにかに、まあ何とか行けそうな距離の中古屋さんに、「アイボリー」の2CV3年落ちが100万を切る格安価格で載っているのを見つけました。奥さんと、よさそうだけど色がね・・・それになんでこんなに安いのかね、などという話をして、そのままになったのですが、次の日会社に奥さんから電話がかかってきて、なんでもその店に電話をして聞いてみたら、アイボリーと書いたが「黄色っぽい」と言ってたわよ!とのこと。で、ひょっとしたらとおもい、次の休みに行ってみると・・・

  

そこには、けっこう程度の良い(ように見えました)、「クリームイエローの」2CVスペシャルが、ひっそりと置かれていたのでした!!!

2009年6月30日 (火)

追憶のシトロエン2CV   その4  上野にて

0906282cv1かように心奪われた2CVでしたが、すぐに手に入れることができるような状況ではありませんでした・・・

 

 

 

 

 

そのときすでに親父様からさずかった(持ち逃げした?)ギャランGTOと、同僚から“買ってしまった”「MGミジェット1500(1979年型:これらはまた別の機会に・・・)」、さらに「Z400FX-E3」と、おそろしくクルマ系エンゲル係数の高いバカ暮らしをしておりました。

 

そのうちあろうことか結婚話がもちあがり、それを契機にGTOとMGはさよならで「インデビジュアル」ギャランにチェンジ。さらに長女誕生とあいなり、奥さんのFRスターレットも「フォード・フェステバ」に切りかえ、クルマエンゲル係数は高いなりに、フツーで平穏な暮らしとなってゆきました。 


そんなわけで、奥さん教育に例のカーマガジンの特集を見せたりしてそれとなく草の根運動はしておりましたが、まさか「十分に豪華で快適な」ギャラン4WDを、「きいろいぶりきのいぬごや」に買いかえたいなどとは、口がさけても言えないのでありました・・・・

 

それは正月に実家に帰ったとき、どこか出ようというので正月2日に上野あたりを散策。乳母車をおしながら上野駅と公園のあいだの交差点あたりを歩いているときのことでした。

  

目の前を、あのクリームイエローの2CVが、通りすぎていったのです!

 

あわてて奥さんにあれが前に話したクリームイエローの2CVだとつげると、いい色ね、あれならいいわねと言ってくれました。思いこみとはこわいもので、その一言が「買っていいわよ!」と聞こえたような気がしたわけです・・・・

  

0906282cv2 で、2CV熱が再燃してしまいました。この本はそんなときに入手したCG誌のフランス車特集号(シトローエン&プジョー)で、2CVの記事もいろいろまとめてのっておりました。読めば読むほど楽しそうで、クルマ自体の魅力+名車としてのヒストリーがかけあわされて、あらためてりたい!と真剣に考えるようになりました。

  
  

0906282cv6 0906282cv5











これは記事に出ていた「世界一周した2CV」のVITESSEのミニカーで、後に手に入れたものです。おなじアングルで写してみましたが、まあ、こういった楽しい記事が、火に油をそそいでくれたわけですよ。

  

0906282cv3

まあ、だからといって、そんなにかんたんに奥さんがOKを出してくれるわけもなく、説得に説得をかさねてようやくOKがでたのは結婚して4年がすぎてからでした。

  
  
 

ところが、そうかんたんに「クリームイエロー」の2CVは見つかりませんでした・・・それはまた次回で。

2009年6月14日 (日)

追憶のシトロエン2CV   その3  クリームイエロー・シンドローム

0906132cv71975年のCG誌の記事が2CVへの入り口とすれば、この「カーマガジン」1987年11月号(ネコ・パブリッシング刊)の記事と写真は、「いつか必ず2CV」を決意させた、これもまた忘れられないものでした。そしてこの記事は同時に、母国フランスでの生産終了を告げる、「いきなり最終回」でもありました。

  
  
  
  
  

記事は、1988年フランスでの生産終了を前に、その歴史を振り返り、最終仕様の試乗をおこなうという企画でした。その滝沢隆久さんの手になる試乗記も、前述の大川悠さんにおとらず思い入れたっぷりで(文中紹介されるエピソードは、大川さんのもののはずです)、これもとてもステキなのですが、なんといっても心をわしづかみにされたのは、小雨にけむる横浜モトマチ界隈を舞台にした、クリームイエローの2CVクラブの美しい写真でした。 


 
  

0906132cv6 それはもちろん、パリの石畳をイメージした演出アイデアだったのでしょうが、あいにくの雨が、結果的にとてもセンチメンタルな風情をかもしだし、その暗めの画面からみごとに、2CVとしてはおそらく珍しい、クリームイエローの車体を絶妙のコントラストで浮かびあがらせることに成功しています。ほんとうに美しい写真だとおもいます。

 

 

 

そしてそれは、この「みにくいアヒルの子」といわれたなんとも奇妙なデザインのオールドカーが、どこまでもやさしく、どこまでも美しくいとおしい存在として、心にきざまれた瞬間でした。それいらい、2CVとこのクリームイエローの車体色は、ワンセットで「恋愛対象」となったのでありました。

2009年6月13日 (土)

追憶のシトロエン2CV   その2      きっかけは名調子

0906132cv4_2 「シトロエン2CV」というクルマを最初につよく意識したのは、「CAR GRAPHIC」(二玄社刊)1975年9月号の試乗記を読んだときだとおもいます。執筆者は不明ですがおそらく大川悠さんの、この上ない名文に心を振るわされた記憶があります。今読み返してみても、同じ感情がこみ上げてくるのを感じます。

  
  

「・・・あえてこの車を選ぶには一つの感情が必要だろう。それは2馬力が何にも増して好きだという感情である。多少遅くてもいいからキャンバス・ルーフを全開にし、空冷フラットツインの軽やかなノートとともに大地を自由に駆け巡る、そんな生活が好きだという感情である。・・・」(上記記事より引用)

 
   

0906132cv3 当時高校生だった自分にとって、多感な時期に人生を決定づけたとまではいいませんが、かなりのディープインパクトをあたえられた文章のひとつであったことは間違いありません。「自由」のような大切なものををつかむためには強い「感情」が必要だ、という、まるで人生訓のような「自動車評論」が、あの時代には確かにあったのだと改めておもいます。

  
  
  
  

そして、今振りかえればその記事にみちびかれるように、自分の進路を決めてゆきました。また、当時冒頭の赤い2CVの写真をイラストにした記憶もあります。とにかくこんな感じで、「シトロエン2CV」(当時のCG誌の表記で言えばシトローエン)と自分の人生が、一つの名調子によって「関連懸架」のようにつながったのでした。

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