“50代の落書き”「フィフティズ・グラフィティ」のコンセプト

カテゴリー「プログレッシブロック」の15件の記事

2010年6月19日 (土)

ピンクフロイド「炎~あなたがここにいてほしい(Wish You Were Here)」 我が最愛のピンクフロイド

100619pf5

ピンクフロイドは、若い頃もそして今でも、大好きなバンドの一つです。とはいえまともに聴いたのは数枚でしかありませんが。その中であえて1枚選べと問われれば、迷うことなくこの「炎~あなたがここにいてほしい(Wish You Were Here)」が最高と答えるでしょう。

  
 

例によって記憶が怪しいのですが、「狂気(Dark Side Of The Moon)」とどちらを先に買ったか良く覚えていません。おそらく、このアルバムが出たときに、さんざんレコード屋で2枚を比べて考えて、こちらを先に入手したという気がします。「なぜ」かは分かりません・・・

 
 

そして初めて聴いた印象は、これも記憶が怪しいのですが、なんとも悲しげな世界観に驚かされた反面、おもったよりもフツーの音づくりに、少しだけ肩透かしを食らったような気もしたとおもいます。

  
  

それは当時自分の中に、すでに「プログレ」と言うのはクラッシックや現代音楽的な要素が色濃いものだ、という今にしておもえば間違った思い込みが出来つつあり、それに対してどちらかと言えばジャジーでブルージーな印象のこのアルバムは、少し違うのかな、とおもったのでしょう。

  
 

ところが2度3度聞き込むうちに、どんどんのめりこんでゆきました。どこまでも内省的で、気持ちの内側に染みこみ心を震わすような美しいメロディーラインと泣きまくるギターフレーズ、時には甘く、時には攻撃的に、めまぐるしく変わる曲想。音の一つ一つが突き刺さるような、強烈なセンチメンタリズムを感じました。それは青春時代の、心の弱い部分に、見事に入り込んで泣かせてくれました。

  
 

特に表題曲の「Wish You Were Here」は、生ギターソロから入る小曲で、導入部のラジオ番組のコラージュ以外はおよそ「プログレ」のイメージではないのですが、聴くたびに引き込まれ、しまいにはへたくそなフォークギターの腕で必死にコピーしてみたりしたものでした。後年、とあるパーティーで、出演したバンドがこれの完全コピーをやってくれたときには大感激しましたっけ。

  
  

この後「狂気」「原子心母」「アニマルズ」と手に入れて聴いてゆく事になりますが、それぞれ大好きなアルバムではあるものの、これほど徹底してセンチメンタルな、心の裏側に響いてくる作品は無い気がします。自分の中で「ピンクフロイド」のポジションを規定した、といえる、これも自分史的には重要なアルバムの一枚でありますね。  


 

さてこのころのピンクフロイドの特徴に、ヒプノシススタジオによるカバーアートの素晴らしさをあげることが出来るでしょう。特にこの「炎・・・」と「狂気」は、勢いあまってあれやこれや凝りまくってまして、何とも面白い。

100619pf1

まず、ジャケットはこのビニール?素材で包まれてまして、中身を見ることは出来ません。
これ、買ったら破かざるを得ませんが、そこは貧乏性で、なんととってありました・・・

ジャケットの表の絵は冒頭のもので、意味は不明ですが、万物は移ろいゆくというか、普遍なものは無い、いつかは消えて向こう側に行ってしまうのかも知れないが、それでもここにいてほしい、というような、アルバムのテーマを象徴的に表しているのかもしれません。

100619pf4

こちらが裏面です。ほとんどマグリットですな。

 

100619pf3

そしてこれが中ジャケです。いかにもヒプノシス、という感じです。

  

100619pf2

最後になんと絵はがきまで入っています。どうも日本人には犬○○みたいですがね・・・それさえ考えなければ世界観は統一されていて、アートとしてはなかなかのものです。

  

  

「原子心母」のときは意味の無いデザインをいかにも深い意味があるように見せてファンを欺いたピンクフロイドとヒプノシスでしたが、こちらはどうなんでしょ?アルバムの音楽性やテーマとこのカバーアートは、非常に関連が深い響きあうような関係に感じましたがね。

2010年6月 5日 (土)

タンジェリン・ドリーム「リコシェ」 ひょっとして最高傑作?

100605td1

タンジェリン・ドリームはアナログLP3枚若いときに買いましたが、そのうち以前紹介したとおり「フェードラ」と「ストラトスファー」はCDを見つけて入手。i-PODで今でも聴いています。ところがこの「リコシェ」だけは、残念ながらCD未入手で・・・でも、楽曲的には一番好きだったりして。

  
  

この「リコシェ(Ricochet:1975)」、ライブアルバムということもあるのか、タンジェリンの当時のアルバムの中ではもうひとつ地味な存在という気がしていました。自分は「フェードラ(phaedra:1974)」の後に購入して、相当気に入ってましたので、当時まったく情報のない状況を、大変寂しくおもっておりました。

  
  

曲想は、特にSIDE-1については出だしからかなり勇壮な感じで、「フェードラ」の全体にふにゃふにゃしたイメージと好対照です。なんでもドラムスを取り入れたとのことで、それまでの「シンセサイザードラム」とかいう、シンセをリズムセクションとして使う彼らの編み出した(らしい)必殺技から、ある意味回帰したとも取れるアレンジなのですが、それが功を奏したのか、何ともキレのある、ドラマチックな展開をします。

 
  

中盤からはソフトで幽玄な感覚が支配して、「あの」素敵なトリップ感覚が存分に味わえますし、全体にメリハリがあってしかもバランスが良い、見事なまとまりをもっているとおもいます。プログレ系のライブというとスタジオよりも荒っぽくなってしまうイメージがありますが、このアルバムについてはまったくそんな印象はありません。

  
  

この間実家に寄った時に久しぶりに聴いてみたのですが、やはり当時の記憶のまま、素晴らしい出来ばえに感じました。こういうタイプの音楽は、現代ではあまりしっくりしたポジションがないのかもしれませんが、「過去のもの」としてしまうのにはあまりにも惜しい完成度と個性を、この時期のタンジェリン・ドリームは確かに持っていたのだと、再認識しましたね。本当に、カッコいいです!

  
  

というわけで、AmazonあたりでCD探そうかな、と、真剣に考えている今日この頃でした。

2010年5月15日 (土)

デビッド・ベッドフォードの世界 その2 「The Odyssay」

100515db2

デビッド・ベッドフォードさんのアルバムをもう一枚紹介します。前作「The Rime of The Ancient Mariner (老水夫行)」のあと、しばらくして購入したと記憶しています。ネットで調べると日本では1979年頃の発売とありましたが、実際いつ買ったかは覚えていません・・・このアルバムも、当時かなり聴いた覚えがありますね。

  
 

マイク・オールドフィールドの初期3部作、「チューブラー・ベルズ」「ハージェスト・リッジ」そして「オマドーン」の3枚は、当時から自分的にはすでにマスターピースであったのですが、なにせマイクさんは当時あの通りの大作主義で、そう次々にアルバムリリース、と言うわけにも行かないのは理解できてました。となれば彼の周辺で、ゲスト参加などしているアルバムを狙うのがファンの一般的行動。ベッドフォードさんの作品も始めはそういう感じで購入したのですが。

  
  

「The Rime of The Ancient Mariner (老水夫行)」が予想以上に良かったものですから、この「Odyssey」はマイクさん関係なしに、ベッドフォードファンとして購入した作品でした。音楽的には前作よりも骨太で力強い印象で、音的に厚みがあるアレンジに感じました。主題をアレンジしながらあちこちに登場させるクラッシック的な手法は前作からも感じられましたが、マイクさんの初期作品の、曲により各章が自由奔放か主題の変奏中心かの両極端な展開に比べると、ある意味主題と各章の独自性のバランスが良く、そういう意味ではプロフェッショナルな力量を感じるところです。曲想もけっこうダイナミックなところもあり、いい感じです。ただ、前作があまりに個性的な作風であったため、印象としては前作よりやや弱いというのが、あくまでも個人的な評価ではあります。

  
  

ジャケットの写真はいかにも芸術家、といった風情の仙人のようなイメージで写っていますが、まさに唯我独尊。確固たる自分の世界をもつ優れたアーティストとして、もっと日本でも人気が出てほしいものだと、おもっております。

デビッド・ベッドフォードの世界 その1 「The Rime of The Ancient Mariner (老水夫行)」

100515db1

マイク・オールドフィールドの師匠的な方だと、「チューブラー・ベルズ」などのライナーノーツで名前を知ったわけです。有名なところは「オーケストラル・チューブラー・ベルズ」のオーケストラアレンジと指揮ですか。マイクさんとのコンビの印象が強いのですが、イギリスでは独自のポジションにいるアーティストであるようです。

  
  

このアルバム、 「The Rime of The Ancient Mariner (老水夫行)」は、1975年ごろの発売らしいのですが、いつ買ったかは正確には覚えていません。ただ当時高校生の自分は、かなりプログレ系に、というかマイク・オールドフィールドに傾倒しておりましたので、このベッドフォードさんのことはかなり気になってはいたのですが、いかんせん今と違ってこういうカルトな(?)方の情報は簡単には手に入らず、近所の行きつけのレコード屋さんの店頭に並んだジャケットの記載事項がほとんどそのすべてでありました。

  
   

その店は当時けっこうプログレ系も置いていてくれたので、このレコードも、けっこうレアだとおもいますが、発見する事ができました。最期の一押しは例によってこの美しいカバーアートですね。これ以外にも彼の作品は、「Star's End」と「The Odyssey」を置いてくれてまして、「The Odyssey」はこの後入手しましたが、このときは彼の音楽性を確認したうえでの購入でした。

  
  

音楽的にはロックと言うよりもクラッシック風味の現代音楽という風情で、全体が「老水夫行」という叙事詩にもとづくコンセプトアルバム、もしくは交響詩仕立てになっております。ストーリー自体は分別くさいもののようですが、曲想はかなりロマンティックというか耽美的で、音による各シーンのビジュアル表現を意識したとおもわれる不思議な感覚を強く感じます。その中で要所に流れるマイク・オールドフィールドのギターも、彼の当時の作品から受ける印象以上になまめかしく繊細なトーンに感じます。結果的に相当気に入って何度も何度も聴いたので、今回実家に帰ったおりに引っ張り出してみたら最期のほうは擦り切れたような音でまともに再現ができず、機会があればCDを買いなおそうとおもった次第です。

  
  

ベッドフォードさん自身の情報についてはライナーノーツ以上のものは分かりませんし、今ネットで検索しても、少なくとも日本語のサイトからはそれほど詳しい情報は得られないようです。
ただいずれにしても彼は「プログレッシブ・ロックのミュージシャン」という定義には当てはまらない独自のポジションにいるようです。むしろクラッシック畑や現代音楽の方が近いかもしれませんが、逆にそれらとロックの接点がプログレであるとするならば、逆説的にもっともプログレらしいミュージシャンと言えないこともありません。

マイク・オールドフィールド「ハージェスト・リッジ」 オリジナルLP盤とCD盤の印象の違い

100514mo1

マイク・オールドフィールドの初期3部作のひとつ、「ハージェスト・リッジ」については以前書きましたが、それは若い頃に聴いていたアナログLP盤の記憶。現在手元にあるCD盤は、どことなく印象が違うとずっとおもっていました。今回それを確かめました。

 
 
 

CD版のライナーノーツ(赤岩和美氏著)を読むと、後年本人がリミックスしたものとあります。3rdアルバム「オマドーン」の後にリリースされたベスト版LPボックス「Boxed」製作に当たり、当時流行った4チャンネル(懐かしい!)用に「チューブラー・ベルズ」、「ハージェスト・リッジ」、「オマドーン」のリミックスが行われ、以後の再発やCDなどのリリースはすべてこのリミックス音源が(本人の意向で)使われているとの事。

  

当然ながら、所有している2004年発売の紙ジャケCD(2000年のデジタルリマスター盤音源)も、このご本人の「ディレクターズ・カット」音源を採用しているそうです。

  
  

なので、初版のアナログLPとは若干アレンジがちがうとCD盤には書いてあります。どのあたり、という情報はないのですが、ギターパートやスネアドラムあたりを再編集、トランペットを加えたなどの記述があります。

  
  

そもそものギモン、LPと違うんじゃないの?は、このライナーノーツを読んで知ったのではなく、CDを最初に聴いた時から何か違うぞ?と感じたところから始まっています。具体的にはわりと序盤のあたりで、昔の印象よりもCD盤はベースのフレーズがかなり前に出て、ギターやキーボードのメロディーラインが抑えられたりカットされたりしている気がしていました。音も全体にどことなくクリアーさに欠け、LPで感じていた朝の草原のような澄み切った清清しさが今一つ感じられない印象です。これはアナログLP盤をもう一度聴いてみる必要があるかな、とおもっていたわけで。

  
  

で、この間実家に帰る機会があったので、LPを引っ張り出して聴いてみました(何年ぶりだろ?)。結果はおもったとおり、いや、おもった以上に違いがありました。先に述べたパートでは、LP盤は確かに記憶の通り、CD盤よりもベースラインが抑えられ、メロディーラインが前に出ていて、全体に優しい印象です。その他にもあちらこちら、CD盤とは各楽器のバランスが違っていると感じました。「チューブラー・ベルズ」も同様に、CDとLPでは若干印象が違います。

  
  

それよりも強くおもったのは、アナログLPレコードの豊かで優しい音表現です。実家ではもう20年は前のコンポステレオ(!)で聴くわけですが、大したシステムではないにもかかわらず、それなりの口径の3wayスピーカーで聴くアナログレコードの表現力は、けっして侮れないと再認識しました。残念ながら古いコンポでCDデッキが故障してますので、直接の聞き比べはできていませんが・・・

  
   

通常、CD盤は主にi-PODか愛車アウトランダーに搭載のロックフォード・フォスゲートのプレミアムオーディオシステムで聴いておりますが、実家のポンコツコンポと針の傷んだプレーヤーとキズだらけのアナログ盤ほどのクリアー感がありません。アウトランダーはデッドニングも追加してますので、名誉のために付け加えるなら他の楽曲ではまったく文句はありません。なのでこれは、例のビートルズの最近のリマスターではありませんが、CD化に伴う音質の変化(劣化とは言いませんが・・・)がかなり影響しているのかなと考えています。ビートルズ並みのリマスターをしてもらえませんかね、バージンさん・・・

  
  
  

楽曲としての「ハージェスト・リッジ」「チューブラー・ベルズ」も、別に少々アレンジが違ったってどうという事はないわけですが、若い日にそれこそレコードが擦り切れるほど聴いた曲ですので、どうしてもオリジナル版のディテールが体に染みこんでいるようです。アナログ盤の音の良さを再認識したとともに、「わが青春のマイク・オールドフィールド」に再会できたことが、ちょっと嬉しかった帰省でした。

2009年9月 6日 (日)

ELP 「タルカス」 カッコいい系プログレの最高峰

090906elp3「展覧会の絵」に衝撃をうけてプログレッシブ・ロックに引き込まれたわけですが、そのわりにELPの作品は「展覧会の絵」にこの「タルカス」と「トリロジー」の計3枚しか持っていません。まあ、お小遣いの都合が一番大きいかったのですが、実際のところ、この「タルカス」でほとんど満足してしまったこともありますね。

 
 
 
 
 
 
 

中学時代の70年代前半は、ELPの黄金期で、学校のロック好きの友人たちのあいだでも、やれ「トリロジー」だ「ファースト」だ、と、けっこう熱く語られていましたっけ。

それを聞いていて満足しちゃった部分もあったかもしれませんが、時期は忘れましたが実際に「タルカス」のLPを入手したのは少しあとだった気がします。正直、どれにしようか迷った事も大きい。内容についての評価がどれも高かったのも一因ですが、なにより初期ELPのジャケットのデザインが、どれもメチャメチャかっこよかった!というのが迷いの最大の理由でした。

そんな中でひときわ異彩を放っていたのが、「タルカス」のジャケットだったとおもいます。中折れタイプの豪華さもポイントでした。そして何と言っても、イラストの「アルマジロ戦車」?のインパクトがすごかったですね。で、けっきょく「ジャケ買い」に走ったわけですよ。

 

090906elp1 今見ると、古きよき時代の手書きイラストだなあとおもいます。東宝や円谷で育った日本少年の眼から見ると、ちょっと笑っちゃうようなデザインでもあるのですが、反面、どこかしゃれた、不思議な空虚さのある世界観があって引き込まれます。

 
  
  

090906elp2 ジャケット裏面のイラストはさらになんとも個性的でぶっ飛んでおり、これも手塚をなめるなよ!といいたくなるような稚拙さを感じた反面、なんともいえない楽しさ、奔放さに魅力を感じました。

 
 
 
  

当時のLPのライナーノーツでのインタビューでは(正直、翻訳のせいかもともとメチャクチャな受け答えなのかはっきりしませんが)、なにを言ってるのかよくわからない発言をつなげると、「タルカスという意味不明の名前を持った怪物が現れて、さまざまな敵と戦い勝利を収めるが、最後にあらわれたマンティコアという怪物に敗れて海に帰ってはいおしまい、というストーリー性のある曲なんだよ」、ということらしい。そういわれれば、そう聞こえないこともありませんが・・・

  

そんなことはどうでもいいくらい、最初に聞いたときのインパクトはすさまじかったですね。特に冒頭の数分間の強烈さといったら、これは初体験レベルでした。めくるめく、といった表現がピッタリの、つぎつぎに切り替わるパワフルでスピーディな曲想は、プログレといえば内向的でセンチメンタル、といった自分のイメージを根底から吹き飛ばしてくれました。「明るいプログレ」、「ハードなプログレ」そして「楽しいプログレ(ちょっとコミカルな味も、ELPの特徴の一つとおもってます)」。まあ、プログレという言葉に固執するならそんな感じでしょうが、なんにしても「展覧会の絵」でうけたインパクトとまたちがう方向性を、しかも彼ら独自の別の方向性を(ここがすごいところですね)、しっかりと見せてもらったわけでした。

 
  

ただ、弊害として、B面(LPのね)の収録曲は印象が薄く、その感じが後に買った「トリロジー」につながって、なんか「タルカス」とくらべてこじんまりしたふうに感じてしまうようになりました。その後ELPのレコードを買わなかったのは、あまりにも「タルカス」の印象が強すぎたせいなのかな、と今になっておもいます。

 

 

追記です。画像は近年入手した「紙ジャケ」版のCDです。タスキ帯の雰囲気まで、良く再現されているとおもいます。   

2009年9月 5日 (土)

ELP 「展覧会の絵」 は、プログレへのプロムナード

090905elp1エマーソン・レイク&パーマーの「展覧会の絵」、言わずと知れた、プログレ界の金字塔(古いね、どうも)の一つですね。自分にとっては(おそらく)、「プログレッシブ・ロック」というジャンルにはまっていったきっかけの1枚であり、本当に重要な作品ですね。

 

72年の作品ということで、中二くらいですね。小学校から中学入りたては、洋楽なんてまるでわからず、歌謡曲ばかりでしたが、さすがにこのころからハードロック全盛となってゆき、学校でもロックの話題で持ちきりでした。とはいえ、今とちがってネットでポンと知識を得るなんて出来ませんから、くわしい友達にいろいろ教わったり、レコード(です!)やカセット(です!)を貸してもらったり、という調子で、少しずつ、少しずつ(でも、学校の勉強よりは熱心に・・・)知識を増やしていったものでした。

  

このLPもそんな1枚でしたが、もういつごろ誰から借りたのかはまるで覚えていません。ただ、それまで聞いていた音楽とはあまりにかけ離れた「新体験」であり、何度も何度もくりかえして聞いて、家族にはだいぶひんしゅく(今とちがって、居間にしかステレオありませんでしたから・・・)を買いました。

   

うるさいだけとは言わないが、正直少々ガマンして聞いていた「ハードロック系」がとても単調に感じる、めくるめく華やかな音の洪水。「お堅い」イメージのあったクラッシックをベースにしているとは思えない、ポップで楽しいアレンジ。あるときはセンチメンタルに、あるときはハードロックもそこのけのパワフルに、変幻自在に演奏は続き、壮言なラストに一気に上りつめる感動。そして、アンコール曲の「くるみわり人形」のこれまた楽しさ。音楽は垣根がないんだ、と教えてくれた、本当に、本当に自分にとって意味深い1枚でした。

さらに、これだけの演奏が「エマーソン・レイク&パーマー」というたった3名のミュージシャンによって行われていた、というのも衝撃でしたね。当時、「3大○○プレーヤー」みたいな言い方がはやったこともあり、「キース・エマーソン」は、確かにヤオヨロズノ「神」の一人でありました。

  

これをきっかけに、中学生のおこづかい範囲ではありますが、「プログレ」の道に迷い込んでいったのでした。めでたし、めでたし・・・かな?今でもi-POD&アウトランダーのロックフォード・フォスゲートで良く聞く一枚でありますね。

   
   

さて、「ゴジラ ファイナルウォーズ」の音楽担当の「キース・エマーソン」ってひと、たぶん別人ですよね・・・

マイク・オールドフィールド 「インカンティションズ(呪文)」

090905mo1マイク・オールドフィールドの4作目、「インカンティションズ」です。LP(実家に死蔵)とCDと例によって両方所有しています。LP発売時のタイトルは、「呪文」だったと記憶しています。長い、長~い、長~~いアルバムです。

 
 
 
 
 
 
 
 
 

もともと精神的に非常にナーバスな青年だったそうで、特に「チューブラーベルズ」の世界的ヒットのあと、かなり厳しい精神状態の中で「ハージェスト・リッジ」を創りあげたのはファンの間では有名な話ですね。今はどうか知りませんが、初期の作品には、そんな「破滅型芸術家」としてのイメージが、色濃くついてまわっていたと思います。

ふれ込みとしては、名作「オマドーン」から3年あけて発表されたこの「インカンティションズ」は、精神面では立ち直って、外交的になったとか躁状態とか前向きとか、とにかくイメージチェンジ、ターニングポイントの側面が強調される作品のようです。

090905mo2 090608mo_2












左が本作「インカン・・・」のCDパンフのマイクで、右の前作「オマドーン」のジャケット写真とくらべると、短く切った髪の毛にしろ、髭をそったシャープなイメージにしろ、そして何よりその眼光の鋭さが、「マイク・ニューフィールド(?)」を如実に表現していて、大変わかりやすくまた興味深いところです。

で、問題の曲自体の評価ですが、「amazon」のクチコミでは「星5つ」となってまして、「初期4部作(あれあれ?オマドーンまでを初期3部作というんじゃないの?)の最後をかざる名作なんだとか。べつに否定はしませんよ。重要な作品だし、それに見合った出来だとおもいます。

 

ただね、単純に好みで言ってしまうと、「初期3部作」から一歩下がってしまうんですね、自分の中では。一つには、3年という時間が、期待を大きくさせすぎたかもしれないし、自分の中での「マイク・オールドフィールド」をタイトなイメージにしすぎたのかもしれません。

それをおいても、「LP2枚で1曲」という大胆な構成のためか、ちょっと「長すぎっぺ!」という印象がどうしても離れないんです。

曲の構成としては、いくつかの主題をさまざまなアレンジで変奏してゆく、まあ「ハージェスト・リッジ」に近いもっていき方とおもいます。「チューブラー・・」ほど、つぎつぎに好き勝手なテーマが現れるわけではない。とはいえアレンジの幅は、さすがに「ハージェスト」より大きく進歩した感があり、「オマドーン」のような土俗的なアレンジや、パート3冒頭のとても楽しいアレンジ、パート4の、まさに澄み切った音といえるきれいなきれいな曲想など、「プロ」らしい、見事な力量を見せ付けてくれます。

でもね、どんなに上手にアレンジしても、「主題」のメロディライン自体はそうバリエーションはなく、あ、またあのテーマね、という感じで、途中で飽きてきちゃうんですよ。「ハージェスト・・・」では感じなかった感覚で、何回聞いても、いや聞けば聞くほど、なんか「長すぎませんか?」とおもってしまう。

 

ということで、「初期3部作」(ですよね4部作じゃないよね?)にくらべると自分評価はちょっとだけ低い「インカンティション」ですが、たとえばダイジェスト版があったら違う評価かも・・・とかいうと、怒られそうですね。

この後彼の作品は、「QE2」を最後にきちんとは聞いてませんが、今でも応援しているアーティストです。師匠の「ディビッド・ベッドフォード」さんのLPも2枚持っていて、そちらもお気に入りですがまたの機会に・・・


LP発表時は「呪文」という邦題でしたが、今は英名の「インカンティションズ」になっているようですね。曲想からいうと、「呪文」とはまさにピッタリなタイトルでした。

2009年8月10日 (月)

ピンクフロイド「原子心母」 無意味なことの意味

090810pf1ピンクフロイド「原子心母(ATOM HEART  MOTHER :1970年発表)」については、ウイキを始め、さまざまな形で語りつくされていますねぇ。もちろん名盤中の名盤のひとつ、という評価ですし、個人的にも大好きです。ただ、タイトルとジャケットデザインのもつ意味については、どう理解していいか長い間わからなかったんですね。

 

ところが、実は意味らしい意味などないということらしいじゃないですか。「ATOM HEART MOTHER」というタイトルは、もともと無題で作曲・演奏していた曲を、正規リリースする段になって「タイトルつけないとまずかっぺ?」となり、新聞記事から適当なものはないかと探したら、「原子力ペースメーカーを心臓に埋め込んだ妊婦」の記事が目に止まり(このころ確かに、この手の手術が流行ったようです。ちなみに原子力の正体は、プルトニュウム電池)、「これじゃ!」とひらめいたのが「ATOM(原子力の)HEART(心臓を持つ)MOTHER(母親)」となったとさ、ということだそうですね。PFファンなら今ならみんな知ってますね。

  

さらに日本発売にあたり、「邦題つけないとまずかっぺ?」ということで、「原子(ATOM)心(HEART)母(MOTHER)」という、20世紀最強の「直訳」タイトルをつけたとさ、ということも今ならご存知ですよね。

 

そういうネタは、ひょっとして当時でも音楽雑誌などをかたっぱしから読んでいたら出ていたのかもしれませんが、ネットのない時代、そんなカルトな情報はどこにも転がっていたわけではありませんので、ついつい深い意味があるに違いない!とおもいこんでいたものです。ましてや、あのジャケットアートです。

 

曲調はクラッシック色が色濃く、というよりロックと呼べるのか?ぐらいにクラッシックに近い立ち位置ですね。センチメンタルかつロマンチックな主題をさまざまに変奏しながらクライマックスに向け盛り上げてゆく構成は、カテゴリーを越えて、作品として見事とおもいます。ピンクフロイドの曲としては後にも先にも異例なほどのこの徹底したクラッシック路線は、それだけに惚れこんでしまうと代わりがない、唯一無二の曲になってゆくわけで。

 

で、その曲の意味するものとジャケットアートのそれとタイトルが、どう関係しているのかいろいろ悩みながらも結論は出ず、まあ、「生命の神秘」とか「文明への警鐘」とか、そのたぐいなのだろうな、ということでなんとなく納得はしていました、が。

 

「深い意味などなーんもない」ということが最近ネットで調べてわかったときは少々がっかりで・・・タイトルは前述の通りのいいかげんさですし、曲もあれこれやっているうちにやたらとたいそうなモノにふくれ上がってしまった結果でしかなく、ジャケットにいたっては、「出来るだけ意味のないものを」がコンセプトだったという説もあるくらいで・・・まあ、「やられた!」としか言いようのない結果です。

 

でも、いいじゃないですか。それはそれで一つの見識とおもうし、なにか思想めいたものがなければ「名作」と呼べないわけではない。クイズではないのだから、決まった答えを探すことより、自分なりの解釈で楽しむことこそが大事なんでしょう。こういうのってよく言われることではあるんですが、つい忘れて「正解探し」をしてしまう。あらためて、肝に銘じておくよい機会にしたいですね。


 

090810pf2 で、今年は丑年ということで我が家のネコ2匹を刺客に、ヒプノシスに挑戦を挑んでみたのですがね・・・ネコはともかく、原子心母のジャケットを丑年の年賀状に使うアイデア自体はあまりにもベタなようで。ググると「原子心母 年賀状」でカテゴリー表示されちゃいまして、大反省です・・・

  
 

「独自のアイデア」ってのは、むずかしいですね・・・

合法的トリップなら「タンジェリン・ドリーム」で

090810td1先週は芸能界覚醒剤事件で大騒ぎだったわけですが、プログレでトリップと言えば、「タンジェリン・ドリーム」の名前は最右翼のひとつでしょうね。

  
  
  
  
  
 

タンジェリン・ドリームは、「フェードラ(phaedra:1974)」、「リコシェ(Ricochet:1975)」と「ストラトスファー (Stratosfear:1976)」の3枚のLPを、当時続けて入手し聞きました。今は実家に置いてますが、フェードラとストラ・・・はCD買って聞き続けてます。当時、「ルビコン(Rubycon:1975)」もさんざん購入検討したのですが、学生の悲しさ、予算の関係であきらめました。

というわけですから、けっこうハマっていたわけですね。で、なにが良かったかと言うと、少々不謹慎を承知で告白すれば、いわゆる「トリップ感」というやつでしたね。

60年代から70年代にかけて、いわゆるヒッピー文化の残党的な流れで、学生の間でもロック=トリップ感みたいなものへの一種憧れ的な面があったと思います。ハードロックやヘビメタ系の、デッカイ音と破壊的なギターによってもそれは可能であったわけですが、アナザーウェイの最右翼が「プログレ」で、そのなかでもとびきりトリップ感が強かったのがこの「タンジェリン・ドリーム」だったのではないかとおもいます。

どんなグループだったかとかは、ウイキでも見てください。アマゾンのカスターマーレビューも、とても参考になりますよ。ここでは個人的感想のみ、書いておきます。

  

090810td2 「フェードラ」はもちろん最初に買ったのですが、次作「ルビコン」とすごい迷って、「ジャケットの差」でこっちにした記憶があります。要は、ジャケ買いです。事前の情報は例によってほとんどなかったとおもいますので、「PFM」の時と同様、ヤマカンで選んだわけですね。 

  

で、当時の感想は、「ありがちかなぁ・・・」というのがおそらく第一印象。わずかな知識の中で、いわゆる現代音楽っぽい、やたら繰り返しの多いフワンフワンした曲想に感じたわけです。まあ、やっちゃったかと・・・

  

ところが何回か聞くうちに、だんだん気持ち良くなってくるんですね。特にヘッドフォンかけて夜中に聞くと、けっこう恍惚感があって。単純な繰り返しとおもっていた曲想が、頭の中で回りだして来るわけです。

  

で、これは良い!とすっかり取り込まれてしまい、ライブの「リコシェ」も買って聴いたのですが、こちらは一転、とても勇壮な感じでめちゃめちゃかっこ良く、当時かなり聴き込みました。ただ、今とちがって当時はほとんど情報がなく、このアルバムの評価はまったく不明。自分的に良ければいいや、という感じで聴いてました(今あらためて評価を見るとかなり高いようですね)。

  

090810td3 いきおいに乗って、次作「ストラトスファー」も買ったのですが、こちらはチョットとまどいも。妙に聴きやすい、というか、リズムやメロディの構成が、「普通の曲やん!」と言う感じがしたわけで。とはいえ、例によって「夜中にヘッドフォン」には相変わらずバッチリ(古!)で、とても気持ちよくお宇宙(そら)を旅してこれるのでした。


  
  
  
  

アーティストには「クスリ」はつきもの、なんていう悪しき慣習はどうやら今でも通用しているようで、ぼちぼち目を覚ましてほしいところですが、音楽自体の「トリップ効果」というのは、これはあって良いとおもいますね。ストレス解消!とか疲労回復!とか、効能ばかりを追いかけるから「クスリ」に手を出す輩が後をたたないのかもしれない。もっと素直に、音楽に「気持ち良さ」をもとめてハッピーになれば、人生ほんとの意味で楽しくなれたのにね。

  

そうおもいませんか、酒井さん・・・

フォト
2017年7月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
無料ブログはココログ