“50代の落書き”「フィフティズ・グラフィティ」のコンセプト

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2015年9月

2015年9月11日 (金)

クイックエース 「ビフォーアフター」番外編? 「旅する自転車ランドナー&スポルティーフの本」 特別企画:アルプス・クイックエースを組み上げる(後編)

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またずいぶん開いてしまいましたが、今回はクイックエース組み上げ記事にポイントを絞って、思う所を書いて見たいと思います。自分が手に入れた車両とほぼ同時期、まさに「40年前の新車」であるわけですから興味津々!

 

 

 

記事の冒頭では、絶頂期に惜しまれつつ閉店したアルプスの車両や用品が、今なお高い人気で取引されていると書かれています。「アルプス」というブランドは本当に孤高で個性的な自転車づくりをしてきたと思いますし、40年前にあまたある輪行ランドナーの中から「クイックエース」を選んだのは、10代の自分にもそこに強いシンパシーを感じられたためだったと記憶しています。

 

 

ただ実際に乗って使ってみた感想として、正直疑問もいろいろ出てきましたし、不具合や使いにくさもけっこうありました。また、決して「美的」な自転車ではないな、というのも当初から現在まで変わらぬ、偽らざる感想でした。この記事は、ひょっとしたら長年抱いてきた様々な「?」に、ある程度の答えが見つけられるのではないか、と期待したわけです。

 

 

さて、記事は組立に入る前に、輪行の歴史とクイックエースの分解方式についてさらりと触れています。自分がクイックエースを手に入れた40年前は、輪行するにはまだサイクリング協会の会員証だの手荷物切符だのが必要でした。それはともかく駅前で電車の時間を気にしながら分解して縛り上げるのはなかなかスリリングな体験で、練習通りにいかずあせってフレームを傷と油だらけにしたものでした。組立も、いつもどこかすんなりいかないところが出て、今一つ完全整備状態で走れた記憶がない、というのが本当のところで、結局あんまり輪行はやりませんでした。代わりに、免許取得後は親から借り出したギャランGTOのトランクに押し込んで「カーサイクリング」の真似事をやったりもしました。GTOのトランク開口はかなり狭かったのでフォーク抜きでなければ積み込めず、この点はラッキーでしたが、それでも分解組立は簡単ではなかったと記憶してますね。

 

 

そんなこんなで実際は分解せずに全走、の方が多かったので、自慢の「分解機能」は自分には宝の持ち腐れであったわけです。となると、逆に蝶ネジとクイックレバーだらけの設計の弱点も顔を出すわけです。何となく締め付け甘いよね感。後には大分構造見直しされたようですが、1974年型あたりではまだプリミティブな作りも散見されて、精度や強度には不満もありましたね。というわけで、「経験の浅い乗り手」という悪条件下の感想ではありますが、正直とても素晴しいぞとまでは残念ながらね、結論付けられなかったわけです。

 

 

記事は「アルプス式輪行車」の要である、「フォーク抜き輪行」について説明しています。まさに画期的であったわけですが、実際にやってみると結構面倒くさく、手間のかかるものでした。また74年式ではヘッドベアリングのリテーナーがシールドされていませんので、分解時グリスべたべたになりました。かといってグリスをふき取ってしまう訳にもいかず、一方で砂など付着したらアウトですし、結論として言われるほど便利とは思えない代物でした。売り物のヘッドクイックバンドも玉押しの締め付け具合がけっこう微妙で調整が難しく走行中に異音が出たりと、大分悩まされたというのが本音です。

 

 

また、分解したフレームと後輪とフォーク付きの前輪部分を拘束ベルトでまとめるのですが、フォークが回ってしまうために良い位置に重ねるのが至難の業で、これにハンドルを知恵の輪のようにはめ込んで、となると、正直苦行ですらありましたね。フレームに傷もつけずにすんなり分解組立が出来るヘビーユーザーの方がいらっしゃるんでしょうけど、もう尊敬以外の何ものでもないです。もちろん記事には、そんな下手くそのネガティブな思い出など微塵もなく、名車名車の連呼が続くわけです。ま、いいですけどねw

 

 

続いて記事は今回の組立企画の中心となる、1975年製のフレームの話になります。自分にも最も興味のあるところです。「塗り替えた」とか、「キャリアを新作」などとある事から良く読むと新品のままという訳ではなさそうですが、綺麗なイエローで再塗装されているのが見て取れ、大いに期待が高まります。自分は注文の時に色を決めて行かなかったので、10数色くらいの基本色サンプルの中から選べず、200数十色のカラー見本帳の中からサックスブルーを選ばせてもらった思い出があります。記事の車両はマーク・バッジ類は新品のようで、レストア時諦めた自分にはうらやましい限りです。



 

記事ではフレーム材質について触れてませんが、自分の記憶では「クイック・エース」(自分のはこれです。表記は1981年の広告から)は74年当時いわゆるハイテン管フルセットでした。‘81年にはメイン3本がクロモリになると「クイック・エース・スーパー」、クロモリフルセット(で、たしかフルオーダー)のものは「スーパー・エース」と呼ばれていたようです。が、74年ごろの雑誌を紛失してしまったので当時どうだったか定かではありません。モデル末期では普通にクロモリフルセットだったのでしょうかね。記事のフレームは子細にみるとフォーク直付けのランプステーがパイプ若しくは鋼線(自分のはプレス品)、チェーンガードがゴムタイプ(自分のは鋼線を曲げたもの)、Fディレーラー台座が直付、Wレバー台座がサンプレ用、何よりシートステイ上端が2本巻など、上等な工作が随所にありますので、少なくとも「クイック・エース・スーパー」グレードではないかと推察されます。



 

以前ブログで書いた、自分の車両で最大のミステリー「フロント側カンチ台座の芯々寸法狭すぎ」に関しては、「650Aのポジション」で、「ブレーキはマファッククリテリウム、台座の寸法次第ではこれを使うのは無理があるが、このアルプスにはぴったりだ」という記述があり、取付けに特に問題は無かったように読み取れます。ただ確かなことは言えませんが、リヤブレーキのアップ(といっても小さい写真ですが)ではブレーキフネのシャフトにアーチワイヤが乗り上げているように見えます。つまりカンチのアームが水平より下を向くようなセッティングになっているわけで、この原因はやはり台座の間隔が狭すぎる為ではないかと推察します。フロントもブレーキ部の大写しがないので確認は出来ませんが車両全体写真を見る限り同様の取付け状況に見えますね。これは自分の車両に近い取付け状態に思え、もしそうなら「ぴったり」のはずはないのですが・・・で、結局謎は深まってしまいましたw。

 



一方、自分はさんざん苦労したサンプレRディ レーラーの取付け調整については特に何も触れられていませんので、プロがやればなんてことなかったのでしょうw 自分の車のサンプレ専用ストドロエンドは恐ら くトーエイ製のプレス品で、やや強度不足で曲がりが出やすいのと、通常はつけたままで使う直付け用金具を外して取り付ける構造なので、テンション調整に技 術が必要なのが難点でした。記事のフレームも恐らく同じ構造と思いますが、これもまた謎のままでw




泥除けは、リヤの分割部の処理に後期モデルでは特殊な構造の専用連結金具を使っていたようですが、自分の74年型は記事同様の手作り感満載の構造で、板厚分の段差がご愛嬌でした。この接合部分とエンド部のステー止め金具(ステッパーというのだそうです)の蝶ネジが緩みやすくて苦労した思い出があります。またこの構造の為シートステーブリッジの貫通穴が通常と違い上下方向なのでセンタープルが使えず、カンチ台座間隔の狭さと合わせてブレーキ交換品選定の際に大変苦労した思い出があります(結局シマノ・アルタスしか使えませんでした)。

 

 

またフェンダーステーのフェンダー側取付けがダルマ2個となっている理由について、フロント側のトークリップとの隙間確保の為、と記事に書かれてますが、これは分割取り外しされたリヤフェンダーのステーの位置決めが主目的のように感じます。各部のネジ穴の規格がやはり現行と違っていたようで、自分もレストアの時に修正に苦労しました。またフェンダーとタイヤの隙間設定が広い(というかあまり気にしていない)のは、開発初期の道路事情(まだ地道を走ることが多かった)に適合する実用性・機能性第一のコンセプトから来るものだったのだと、記事を読んで改めて納得しました。ハンドルステムは自分のは吉貝グランコンペで、記事の車両(引き上げボルトなし)と違って引き上げボルトのシャフトを切断し頭のみ埋め込んでいるので一見普通の見栄えです。

 

 

その他自分の74年型ではクイックヘッドバンドと一体式のブレーキアウター受けが強度不足で曲がり気味だったり(写真では記事の車両も同仕様に思えます)、クイックシートピンのレスト位置がどうにもしっくりこなかったり(記事の車両も変ですw)、記事を読み写真を見ているとあれやこれやと「思い出」がよみがえってくるわけです。それらは必ずしも良いものとは限らず、むしろ苦労話的なものの方が多いのですがw

 

 

 

色々書きましたが、今回非常に興味深い記事に接して、積年の疑問が必ずしもクリアーになったわけではなく、むしろますます分からなくなったり、やはりこんな程度だったんだなという部分もありますが、同時に自分の「1974年型クイックエース」は、完成形ではないにしろそれに向かって日々進化を続けてゆく、「誇り高き」その過程の一台であった、という思いは強くなりました。作り手側のスタンスは工房ごとに様々でしょうが、「お客様の言う通り何でもしまっせ」ではなく、「うちはこれです!」という作り手側のコンセプトをこれほどタイトに最後まで貫き通した自転車ブランドをほとんど知りません。どれほど(たとえ原形が分からないほど)いじり倒しても今もまだ1974年型のクイックエースにこだわっているのは、やはり「思想のあるメーカー」の、「思想のある名車」への敬意が根底にあることを再認識できましたし、だからこそこれからも乗り続けてゆきたいなと、改めて思うのでした。

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