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2011年4月16日 (土)

「東宝特撮映画DVDコレクション」第39弾 「ゴジラ VS デストロイア」 「核の恐怖意識」の変遷

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1995年公開のこの作品、テーマはもちろん「ゴジラの最後」なんですが、たまたまとはいえ「フクシマ」の渦中にあるこの時期に観ると、いろいろと考えさせられてしまいます。3月15日の発売だったのですが、過去の映画とはいえさすがに「メルトダウン」を軽々しくどうこう言うメンタルではありませんでした・・・

 
 

「フクシマ」は、当初ほどではないにしろ現時点で今だ危機的状況は去っておらず、災禍が何十年も続く恐れも払しょくされていません。原発など原子力の平和利用自体に理解はしているものですが、どこまで、どのくらい、安全というものを追及するべきなのかについては、改めて十分な議論と実践が迫られているわけです。

  
 

そういう目で今改めてこの作品を観るとき、良くも悪くも「ヒロシマ・ナガサキ」から50年が過ぎ、基本的には平和を謳歌してきた我が国の、「核」に対する意識の変化を感じずにはいられません。表面上は、ゴジラの体内の異常な核分裂による超巨大核爆発もしくはメルトダウンの恐怖と、それに立ち向かう人々たちの戦い、というように、「核」の恐ろしさをゴジラに象徴させることにより、「いつもの」単純な怪獣映画よりも一段深いテーマを表現しているようにも感じられます。ラストでは東京はゴジラの崩壊による高濃度放射能に包まれてしまう設定となっており、額面通りに受け取れば戦後50年の間に現れた2匹の(ジュニアを入れれば3匹の)ゴジラという核の化身によって、日本は最後には壊滅的な打撃を受けてシリーズは一旦終了、となるわけです。


冷静に考えると非常に重いテーマなのですが、実際のところは「営業上の都合」でゴジラの最後を描かねばならず、そのための「手段」の一つとして核を取り上げたというだけのこととおもいます。何よりもタイトルが「VS デストロイア」というように、因縁の化学兵器とそれが生んだ新たな怪獣との対決の方が、映画全体のバランス上では重きを置いているようです。それでもこの大スターに、他の怪獣に敗れて舞台を去るようなマネをさせるわけにはいかなかったのでしょう。その方便として、「核」で生まれたゴジラを「核」が葬る、という、企画側としてはある種の「予定調和」といえる考えに行きついたのでしょう。

  
  

そもそも放射能による突然変異体でしかなかったゴジラが、いつの間にか体内に「原子炉」を持っているという無茶な設定に変わって(変えられて)いたわけです。子供のころ買ってもらった「怪獣図鑑」の解剖図(当時流行りましたね)では、確かに原子炉があったような記憶がありますが、あれは当時の子供向けの方便と思っていたのですがね。平成のSF映画で、あんな非科学的(?)で無茶な設定を本気で中心に据えるとは思ってもいませんでした。

  
 

そんな無茶ができたのは、やはり「核」というものへの恐れの感覚が、長い平和の中で麻痺してきていた結果ではないかと思うわけです。アメリカやウクライナの事故は一時的には注意喚起につながったものの、結局は「他人事」だったのかもしれません。そうでなければ東京が放射能で沈むことよりも怪獣一匹の死の方を感慨を持って見つめる人々を描いて終わるような、冷静に考えれば大変不思議なお話になるはずがありません。

  
 

一人のゴジラファンとして、様々な立ち位置のゴジラを見せていただいてきたわけです。時には「悪魔」であり、時には「正義のヒーロー」であったゴジラ。その時々の世の中の動きや企画側の意向で、その振り子は大きく振れていたと思います。その中で確実に忘れられてきたものが、「核の厄災の象徴」という側面であったのではないでしょうか。それはただ単に脚本上で表現されているいない、ということではなく、主題としてどこまで強く訴えるか、と言うことだと思います。1954の最初のゴジラでは確かに中心的テーマであった「核の恐怖」。いつの間にかゴジラにとっての「核」は、構成要素の一つ、以上でも以下でもなくなってしまったのかも。だからこそ、この「VS デストロイア」でこれだけ「核」を強調しても表層的に感じてしまうのでしょう。

 
 

通常のメンタリティでは、自分も単に映画としての出来の部分に意識が行っていたと思います。でも「フクシマ」を経験している今では、どうしても「核」の扱われ方が気になってしまいます。映画には何の責任もないんですけどね、観る側の気の持ちようとか、世の中の空気とかが、いかに大きく影響するものか、改めて感じているところです。

*4月22日:誤字修正・映画のタイトル、「デストロイ」→「デストロイア」。失礼いたしました。

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