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2010年10月15日 (金)

「東宝特撮映画DVDコレクション」第27弾 「ゴジラ モスラ キングギドラ 大怪獣総攻撃」 シリーズ一番の異色作は実は初代に最も近い!

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もう本当に何度もね、TV放映を録画したDVDで観ていますので、いまさら感が強いのですが、やはり画質に魅かれて買っちゃいました。改めて観直しても、良く出来ていますねぇ。でも、これが「ベスト・オブ・ゴジラ」かというと、素直に賛成しかねるところもありましてね。それは怪獣たちの「設定」ね。

 
 

大好きな作品であることは間違いありません。自分の主観的に考えて、5本の指に入るお気に入りゴジラ映画です。客観的に見ても、ゴジラファンの間で非常に評価の高い作品だと聞いていますし、それだけの内容を持っているとおもいます。

  
 

平成ガメラ3部作の金子修介監督がメガホンを取った作品としてファンの間ではあまりにも有名なこの作品、脚本にも参加されていることもあり、そのコンセプト段階から「金子色」が強烈にかんじられる内容です。最たるものは、キングギドラを始めとする「護国聖獣」の設定だと思います。


金子監督の代表作である平成ガメラはアトランティス伝説を骨子にしていましたが、ガメラ2、ガメラ3と進むうちに、日本的な土俗伝承の色合いが濃くなっていったように感じます。

  
 

「ガメラ3 邪神(イリス)降臨」で、ガメラは「四神獣」のうちの「玄武」を、イリスは「朱雀」もしくは「柳星張(りゅうせいちょう)」を表す、と設定されています。「アトランティスの生物兵器」であった「ガメラ(1) 大怪獣空中決戦」でのガメラの設定を、「ガメラ2 レギオン襲来」でのウルティメイト・プラズマ発射にまつわる地球のエネルギーを「ガメラ3」で「マナ」という東洋的な超自然エネルギーに読みかえることで、このような「やまと風」というか、「もののけ姫」的な世界観に(力づくで?)シフトしてしまった金子監督の趣味趣向(?)を、「ゴジラ世界」にもむりやり(?)持ち込んだという印象が、最初にこの映画を観た時から自分にはついて回っています。

  
 

それがために、その設定自体は何となくですが、子供っぽいというか、今時のアニメやRPGゲームによくある「日本神話ごっこ」的なものに感じられて、正直入り込みきれないな、というのがどうしてもあるんですね。

  
  

バラゴン、モスラ、キングギドラとも、もともとはそれぞれしっかりした役回りを与えられていたはずですが、ゴジラシリーズが進むうちに初期設定からずいぶんとぶれてきたわけです。バラゴンは「人食い地底怪獣」でしたし、「モスラ」は南海の孤島の守り神という非常にローカルな役どころ。「キングギドラ」は最強最悪の宇宙怪獣というふれこみだったわけです。それがこの作品では、「ヤマトのクニ」を守る「護国聖獣」なんですと。要は「どんな役でもやりまっせ」という、役者のようなものでね。基本設定を簡単に作りかえることについては、自分的には納得いきませんねぇ。まあ、商売的に人気怪獣たちを出さざるを得なかったのだろうなという事情は察するところですがね。

  
  

それで護国聖獣組はやられる度に「キラキラ光りの粒になって憑依する」なんてファンタジックな表現になるわけですが、一方防衛軍側(自衛隊とは言いませんね)の作戦行動はやたらリアルで、メカゴジラだスーパーXだの超兵器などはありません。そのくせ最後は「ただの」ミサイル(一応新兵器ですが・・)一発で「通常兵器では殺せない」はずのゴジラ様を心臓のみ残して消滅させるのですから、これまた納得がいかないわけで。思いつく限り、オキシジェン・デストロイヤを除けば、ただの通常兵器でゴジラを倒したのはこの作品だけでしょう(心臓は生きてましたけど・・・)。通常兵器では倒せないことがセオリーになっているはずのゴジラシリーズの中で、とりわけファンタジックでありオカルトチックなこの作品が、非常に現実的な「ゴジラの最後」を描いて終わるのはなんとも座りの悪い気がします。

  
 

自分なりにその理由づけをするならば、宇崎竜童さんが熱演された「立花准将」が、ゴジラに飲み込まれたことで、今回のゴジラが表現した「太平洋戦争で犠牲になった人々の残留思念」を供養した、と考えるのが唯一納得できるかな、というところです。おそらく金子監督は人一倍オリジナルの「ゴジラ」(1954)をリスぺクトされていらっしゃるとおもっておりますので、あのときのゴジラが持っていた意味を理解したうえでの結末だったのであろうかと。あの時に人柱となった芹沢教授の位置づけね。

  
  

それでも、「平成ガメラ」であれだけ大きく「昭和ガメラ」時代の基本設定を変えてしまったにもかかわらず感じなかった違和感をこの作品からは感じてしまう理由としては、やはり「ゴジラ」という超ロングシリーズ作品のもつ重みかなと。一作のみの頑張りでは決して払拭できない重みがあるのかなと感じます。何度見ても、ゴジラ映画としては非常によく出来ているし、あらゆる面でレベルが高いのですが、たとえば同じ設定でもう一本、とは行きそうもないところが、やはりこの作品の「異端」たる位置づけなのでしょうか。

  
  

視点を変えますと、この作品での新山千春さんは本当に魅力的で、見事な演技をされているとおもいます。また、宇崎竜童さんは、最初見たときにはちょっともったりか?とも思ったのですが、何度も観るにつけ、その抑えた演技と朴訥とした表現がなんとも言えない味と存在感を感じさせて、今では観るたびに引き込まれてしまいます。本多監督時代の俳優さんのようなある種の品格も感じますね。特撮は粗もありますが全体のテンポの良さで自分的にはOKですし、怪獣のデザインもまずまずと思います(ゴジラ君少々猫背でややぼってりしてますがね・・・)。ただ、平成ガメラ立役者の樋口真嗣(特技)監督が参加していれば、画面のセンスがさらに良かっただろうになと、そこは少々残念・・・

  
  

この作品、出来は本当に良いのでとても楽しめるのは間違いないのですが、「設定」の持つ意味を考えだすとはまってしまいそうな難解さも併せ持っているとおもいます。ただそれはいつものメンツが演じる「護国聖獣」役によってかき回されているせいだと考えれば、それを除いてしまえばオリジナルゴジラと同じ「戦争の怨念を背負った破壊神を自らを犠牲にして鎮魂する」というシンプルな図式が残るわけです。「異端」であると同時に、見方によっては最もオリジナルの精神を強く持っているゴジラ映画であると、自分は考えています。それだけに、「護国聖獣」を「彼ら」が演じたことの違和感が、観るたびに引っかかるわけでしてね。

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